おきたまラジオNPOセンター・ひとりごとダイアリー

 

2019年7月8日(月曜日)宮城県の天気:曇り

【亘理町を訪ねて】
 宮城県亘理町を訪問しました。
 目的は、去る5月26日に山形市で開催された“災害被災地応援 うたうべねット山形!チャリティーLIVE”に出演した森加奈恵さんに、ライヴの模様を収録したDVDと集合写真を渡すためですが、目的はそれだけではありません。
 森さんがライヴで話された「震災後、宮城県の亘理町や山元町は、ほとんど報道もされず、注目されませんでした」が、私の心に突き刺さったからです。このことは当時の私も感じていたことでしたが、これまで何もしてこなかったのであります。福島県の浜通りや宮城県の北部、最近は岩手県陸前高田市に赴いている私ですが、交流するきっかけが無かったとは言え、私にとっての宮城県南部は空白地域でした。というわけで、森さんとの出会いを逃す手はありません。

 まずは、仙台市に立ち寄り、同じライヴに出演したTAKASHIさんにもDVDと写真を領布しました。仙台市もどんよりとした曇りです。吹く風は冷たさを感じるほどです。

 私にとっての亘理町(わたりちょう)は幾度も通過したことはあるものの、亘理町を目的に訪ねるのは、きょう(7月8日)が初めてです。
 森さんを訪ねる前、先に訪れたのは、“鳥の海”と“荒浜”です。あの津波で甚大な被害があった地域です。

  

 上の写真左が鳥の海です。両側に漁船の一部が写っています。ここは荒浜漁港です。上の写真右は漁船で休むカモメです。早速カモメから挨拶された感じです。
 荒浜漁港のすぐ脇にあるのが、鳥の海ふれあい市場(下の写真左)です。午後4時前、中に入りますと、さすがにこの時間、新鮮な魚介類はほとんど売り切れです。それでも野菜類などは豊富にあるほか、加工品や惣菜品もありました。自宅へのお土産で2品買いました。

  

 近くに公園があり、展望場所がありました。このあとは、そこからの撮影です。荒浜防災公園の一角です。
 上の写真右は北向きの撮影です。堤防でよく見えませんが、阿武隈川が流れています。そして、写真の右端で太平洋に注いでいます。
 下の写真左は河口付近の望遠撮影です。太平洋の白波が見えます。手前が河口です。

  

 上の写真右は東向きの撮影です。奥は太平洋です。震災前はこのあたりも住宅地でしたが、震災後は住めない地域になりました。
 下の写真左は南東向きの撮影です。左側が住めない地域です。大きな建物が見えてきました。これは“海辺の天然温泉・わたり温泉鳥の海”です。

  

 上の写真右は南向きの撮影です。荒浜漁港や鳥の海ふれあい市場が見えます。奥は鳥の海なのですが、ここからはよく見えません。
 実はこの場所、東は太平洋、北は阿武隈川、南は鳥の海と、水に取り囲まれた地域であります。
 下の写真は南西向きの撮影です。左側には水産関係の施設が見えます。

  

 上の写真右は西北西向きの撮影です。このあたり、広大な公園に整備されました。
 少し移動して、再び鳥の海を見てみます。漁港より500メートルあまり移動しました。それが下の写真です。鳥の海には中州があります。中州への橋があります。しかし、現在は閉鎖されています。そもそも、周囲に堤防が造られており、目の高さでは見えないのであります。手を伸ばしての撮影です。それにしても、鳥の海というだけのことはあります。無数のカモメです。

  

 鳥の海は内海(汽水湖:潟湖)です。もともとは阿武隈川の河口だったところです。宮城県では最大の汽水湖です。中州は蛭塚(ひるづか)と呼ばれています。震災前はクロマツ林などが見られましたが、現在は写真のとおりです。写真右では中州に建物があるように見えますが、これは鳥の海対岸の建物です。

 森さんを訪ねます。
 森さんは、コパン亘理店を経営しています。みやぎ生活協同組合亘理店を中心にしたショッピングセンターの一角にあります。
 お店に入りますと、森さんとスタッフの方がいました。この時間はお客さんが少ない時間帯ということもあり、しばらく談義することができました。
 森さんの話は、いかに私が勉強不足だったことを思い知らされることになります。

 亘理町も隣りの山元町も津波で甚大な被害です。
 亘理町では死者・行方不明者が287人(2016年3月現在)です。山元町は717人です。
 人口に対する死者・行方不明者の比率です。亘理町は0.82%、山元町は4.29%です。この大きな違いは何でしょう。簡単に言えば、亘理町は津波に対する意識があったのに対し、山元町はありませんでした。亘理町では保育園の園児を救うことができたのに、山元町では・・・。このことが「悔しい」と森さん。
 そんな思いから森さんは、学生ら若い人たちに、津波のことを伝える活動を行っています。

 店内で流れていたのは“FMあおぞら”の放送です。
 FMあおぞらは亘理町のコミュニティFMで株式会社エフエムわたりが運営しています。
 震災後、わたりさいがいエフエム“FM あおぞら”が放送を始めました。運営は亘理町から委託された特定非営利活動法人(NPO法人)エフエムあおぞらでした。2016年、亘理町は「一定の役割を終えた」として放送免許更新はせず、同年3月閉局・廃止です。同NPO法人ではコミュニティFM移行を亘理町に請願しますが、亘理町からの具体的な返答はなく、立ち切れです。
 2017年4月、新たに株式会社エフエムわたりが設立されます。インターネットラジオを放送しながら、町民から出資を募ります。こうして、コミュニティFM“FMあおぞら”は2018年11月27日に開局です。開局から7ヶ月半ほどが過ぎました。
 スタジオはみやぎ生活協同組合亘理店の中です。平日は午前9時〜夕方6時まで放送です。森さんも出演したことがあります。うたうべねット山形代表の丹波恵子さんも出演したことがあるそうです。スタジオはいつでも気軽に見ることができます。

 森さんは、店内に掲示されている亘理町の航空写真を使って、現状を詳しく教えてくださいました。森さんの自宅は荒浜地区で、津波によって自宅を失いました。それは被災者としての始まりだけではありませんでした。人間の中で渦巻くさまざまな思惑に直面したのです。
 そういう体験を乗り越えたからこそ、森さんの言葉に重みがあるのです。

 亘理町・・・私の心の中に焼き付いた地域のひとつとなりました。

 

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