おきたまラジオNPOセンター・ひとりごとダイアリー

 

2020年11月14日(土曜日晴れ浮かぶ 夕方から晴れ

【米沢フルート音楽研究会演奏会】
 第38回 米沢フルート音楽研究会演奏会(主催:米沢フルート音楽研究会)が米沢市内(アクティー米沢)にて開かれました。
 サブタイトルは『フルートとチェンバロと朗読によるフランス音楽の午後 〜スペイン情緒を愛したフランスの作曲家たちの作品と、その友人のエリック・サティの詩と音楽〜』です。
 内容はこちらのチラシをご覧ください。
 プログラムはこちらをご覧ください。
 右の写真は演奏された方々による集合写真です。

 勝俣さんのフルートと笠原さんのチェンバロが響き始めたその瞬間・・・この気持ちというか、感覚というか、それは言葉では言い表すことができません。
 それは感動であり、今の世の中への怒りであり、「なぜこんなことになったんだ」という割り切れない気持ちであり、それらの思いを打ち消す美しくも叙情的な響きが、私の心を癒すものであったのです。勝俣さんたちの演奏は幾度もお聴きしていますが、こんな思いは初めてです。

 最近になって、今年(2020年)は勝俣さんたちとはお会いできないのかな・・・と思うようになりました。それは、私自身が慎重派だからかもしれません。いくら数十人ほどの聴衆でのコンサートとは言え、それだけの人数が集えば、リスクは高まるからです。対策を徹底しても、リスクはゼロにはなりません。
 この時期は、例年なら“米沢フルート音楽研究会演奏会”が開かれます。私などは「そもそも開催できるのかな」と思っていたほどです。

 朗読の押切さんとも今年はお会いしていませんでした。そう言えば、こちらも例年ならこの時期に開かれるサークル“ひびき”の朗読会の案内もありあせん。中止かな・・・と思っていたところです。なんとも寂しいです。

 そんな矢先、勝俣さんから本コンサートの開催案内が届きました。
 「良かった・嬉しい・楽しみ」という思いが過ぎったのと同時に「不安」でもありました。チラシにはそこまで言及していませんが、状況によっては「中止」もあり得るからです。すなわち、100%喜ぶことができない状況なのです。なんと言う世の中なのでしょう。
 人は「割り切って考えましょう」とか「前向きに考えましょう」と言いますが、そんな安直なことで良いのかな、と思ってしまう私です。
 でも、やっぱり楽しみでした。例年のような、研究会メンバーの皆さんによる演奏ではありませんが、プログラムには、押切さんの朗読も入っています。勝俣さんから連絡があって、迷わず「当日行きます」と返事した私です。矛盾しているかな・・・。

 矛盾・・・演奏が始まったその瞬間の複雑な思いも矛盾なのか
 そもそも2020年は矛盾の年です。ソーシャル・ディスタンスという妙な言葉が叫ばれている年です。感染防止対策では重要なことはわかっていますが、人とのつながりを最も大切にしたい私にとっては、こんなに辛い言葉はありません。
 現に、イギリス(北アイルランド出身)の著名なミュージシャン、ヴァン・モリソン(Van Morrison)は「ソーシャル・ディスタンスなんか、くそ食らえ」という曲を発表しています。さすがに一部で物議を醸しましたが・・・。

 演奏中では、そんな思いが過ぎりました。
 それは、このコンサートにかける勝俣さんの思いに通じるかもしれません。取り上げた作曲家たちは、正当には評価されなかった人たちだそうです。しかし、奏でられた作品は、名曲・傑作ばかりです。生の音楽に飢えていた私には、心に響くというより、心に突き刺さるようです。ジッとしていても、身体全体が熱くなるようです。

 そんな時に、押切さんの朗読です。
 朗読そのものが素晴らしいことは言うまでもありません。特に感じたのは、絶妙な間です。そこに生まれる『静寂』。それは息をのみ込む瞬間です。張り詰めた緊張感です。熱くなった身体には刺激的でもありました。

 エリック・サティ(Erik Satie:Éric-Alfred-Leslie Satie)は1866年5月17日、フランスのノルマンディー・オンフルール生まれです。「音楽界の異端児・音楽界の変わり者」とも言われた人物です。パリ音楽院在学中には、まるで劣等生のように扱われ、2年半あまりで去ることになりました。
 でも、押切さんの朗読のあと“ジムノペディ:Gymnopédies” が演奏されますと、心が洗われるようです。1の“ゆっくりと苦しみをもって:Lent et douloureux”は、10月末から11月初めにかけての読書週間にからみ、NHK教育テレビ(Eテレ)のある番組で毎日流れていましたので、奏でられた瞬間から、より強く心に響きました。

 次の曲は、笠原さんと勝俣さんの早弾きです。私などは、2人の微妙な演奏タイミングから、ロックやジャズでの早弾きを連想です。これも、正統派とは異なる感覚なのでしょうか。それはスリルでもあります。演奏が終わった瞬間の勝俣さんの決めポーズは、ヘタなロックバンドより何倍もの迫力です。

 阿部さんの演奏も美しかったです。荒木さんが奏でるバロック・フルート(フラウト・トラヴェルソ)は素朴で素敵でした。

 アンコールは勝俣さんが1人で演奏です。アンコールというと、多少なりとも気分はリラックスするものですが、今回は違います。緊張感が漂う演奏です。そこには、演奏する機会を奪われた勝俣さんの思いがあったのでしょうか。

 約1時間20分のコンサートは終わりました。余韻に浸りたい気分です。会場から出たくない気分です。複雑な思いが交錯しているからでしょうか。そんなこともあって、会場の後片付けを手伝いました。身体を動かしたいという気分でもありました。

 押切さんとお話しました。やはり、サークル“ひびき”の朗読会は中止になりました。それでも音訳活動は続けています。一時はメンバーそれぞれの自宅で収録しましたが、現在は、対策を講じた上で、メンバーが集まり、収録しているそうです。

 演奏を終えた勝俣さん。演奏中は、いつもとは異なる身体の感覚があったそうです。自分では気付かないけど、しばらく演奏していないことで、何かが違っている、と感じたのです。
 まったく同感です。私も、幸いなことで、今年は体調を崩すことなく、ここまで過ごすことができました。なんの変化も感じておりません。ところが、先日、久々にあるイベントのビデオ撮影を行ったら、なんとなく違和感を感じたのであります。ある意味、これが時間の経過の怖さです。わかっているのに、身体に染みついているのに、時間は微妙な変化をもたらします。
 ある人が「最近声がかすれやすくなった」と言っていました。それも私が感じていることです。きちんと声を出して話す機会が少なくなったからでしょうか。
 勝俣さんも感じたほどですから、多くの人がそうなっているかもしれません。2020年は、自分の身体を見直す機会でもあります。

 ようやく気持ちが落ち着いたところで、会場をあとにしました。外は好天ですが、早くも薄暗くなっています。
 この日のコンサートは、いろんな思いをめぐらす良い機会になりました。良い音楽、良い演奏とは、そういうものです。感動だけではありません。人生がさまざま、人の生き方がさまざまであるように・・・

 

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