だがしや楽校ひとりごとダイアリー

 

小さな力を大きな力に! 山形から元気を送ろう♪♪ 

山 形 県 山 形 市 発

 

   ◆開催日・開催場所
    1日目:2011年4月09日(土)・・・山形市七日町・ほっとなる広場
    2日目:2011年4月16日(土)・・・山形市・霞城セントラル・1Fアトリウム
    3日目:2011年4月23日(土)・・・山形市・霞城セントラル・1Fアトリウム
    4日目:2011年4月30日(土)・・・山形市七日町・ほっとなる広場

   ◆参加者・出演
    丹波恵子さん(シンガーソングライター)とその仲間の皆さん 

 

《はじめに》
 2011年3月11日(金)午後2時46分18秒。「千年に一度あるかないか」という未曾有の大災害が始まった瞬間です。かつて日本が経験したこともないマグニチュード9.0という超巨大地震。場所によっては約40メートルにも達したという超大津波。大勢の人の命を奪い、大勢の人たちの行方を不明にしました。また、大勢の人々から生きる糧を奪いました。何もかにも奪いました。
 平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)です。

 南北500km(450kmという専門家もいます)、東西200kmという広大な震源域を持つという、想定を遥かに超えた超巨大地震。宮城県沖から始まった破壊や岩手県沖・福島県沖・茨城県沖にまで広がり、激しい揺れは5分以上も続きました。
 つまり、巨大な地震が3つないし4つ、一度に発生したのです。世界的に見ても類を見ない超巨大地震です。

 加えて原発事後が人々を苦しめています。風評による被害も甚大です。

 途方もない自然災害及び人的災害によって、日本は戦後最大の危機を迎えました。あまりにも被災地域が広範囲であること、壊滅的な被害を被った地域がいくつもあるなど、災害そのものがあまりにも大きすぎること、いまだに続く余震活動、先が見えない原発事故など、日本は危機的状況が続いています。国家を揺るがす深刻な事態が続いています。
 こんな状況で、日本は復興・再生できるのか、という思いに陥った人も多いのではないでしょうか。あまりの事態に、「涙も出ない」という人がおられるほどなのです。日本全体が重苦しい空気に包まれています。

 しかし、このような厳しい事態の中でも、被災地・被災者・避難者への支援の輪が着実に広がっています。すでに、被災地では数多くの人たちが支援活動にあたっています。
 被災地の現状を見て、「いてもたってもいられない。今すぐにでも被災地に行って、とにかく支援したい」と思うの人も大勢おられます。私(山口)もその一人です。しかし、現実はそんなに甘いものではありません。被災地での支援活動には「究極の強い意志と究極の自己責任」が求められるのです。
 それで、中には「被災者のために何もできない自分」に思い悩む人も出ているようです。

 でも、支援とは、直接被災地や避難所に出向くだけではありません。
 普通に生活し、少しでも日本が元気になるようにすることも支援です。(日本全体“自粛”ムードですが、“過度な自粛”には疑問を持っております。日本の象徴である桜を楽しむ花見などは普通にやるべきかと思います)
 また、人それぞれ「自分ができること」で支援することの方が、とても大切になります。なぜなら、長期戦だからです。今あせって、無理して支援して、あとが続かないのでは、本当に支援とは言えません。
 「自分ができること」による支援・・・それこそ“自分みせ”がキーワードである“だがしや楽校”的支援です。
 こうして、支援の輪はますます広がっていきました。

 すでに、3月19日には「自分たちができること」として、山形市にて「がんばろう日本」をテーマに“楽描きだがしや楽校”が開かれました。
 また、山形県鶴岡市を中心に“だがしや楽校アシストチームプロジェクト”“だがしや楽校慰問隊”が動き始めています。被災地・避難所などで暮らす子どもたちのところへ、おもちゃや絵本などを持って訪問し、そこで“だがしや楽校”を開きながら、子どもたちを元気付けようというプロジェクトです。(私としては、被災地・避難所でも辛く厳しい生活の中でも、子どもたちには、自ら遊び・楽しみを創意工夫する力、ひいては自分の力で生き抜くことを育んでもらえれば、という思いがあります)

 そして、山形では、シンガーソングライターであり、“だがしや楽校”仲間である丹波恵子さんが立ち上がり、東日本大震災支援チャリティー“だがしや楽校&ライブ&バザー”が開かれることになりました。
 開くにあたって丹波さんは「時期的なものなど様々悩みましたが、音楽仲間達も方々で動き始め、そろそろやってもいいんじゃない? と背中を押されました。何かやら無くては・・・応援と感謝をこめて・・・」と語っています。

 丹波さんは、音楽仲間で森のシンガーソングライター・ゆき彦さん、“楽描きだがしや楽校”の人たちをはじめ、山形の“だがしや楽校”仲間に声をかけます。また、会場の確保など開催に向けて準備を行いました。
 私にも事前に開催することを伝えてきた丹波さんからは、強い思いをヒシヒシと感じることができました。その思いの強さは、4月の毎週土曜日の4回にわたり、連続で開催することからもうかがい知ることができます。(私も「ぜひやってください」と応援させていただきました)

 なお、チャリティーでの募金及びバザーの売上金は、すべて義援金として“山新放送愛の事業団”に寄託します。
 
それでは、東日本大震災支援チャリティー“だがしや楽校&ライブ&バザー”の模様をご紹介します。


2011年4月9日(土曜日小雨またはのち夕方から曇り

【東日本大震災支援チャリティー“だがしや楽校&ライブ&バザー”1日目】
 この日は、山形市の中心商店街・七日町商店街の一角にある“ほっとなる広場”で開催することにしていましたが、あいにくの雨模様となり、予定していた“だがしや楽校&ライブ&バザー”は中止とし、募金活動のみ行いました。
 この時の様子を、丹波恵子さんから写真と共に報告をいただきましたので、ご紹介します。

 きょうは、あいにくの雨のため、ゆき彦さん・私(丹波さん)・東海林さんと楽描きの皆さん(吉田さん、石沢さん・・石沢さんの後輩)で、来週の予告チラシ配布と募金活動を行い、そして、途中から、ゆき彦さんが持参したギターを抱えて“だがしや楽校”の歌を歌ってくださいました。

 

 傘を差しながら、案外寒い中を皆さん一生懸命声を掛けてくださいました。
 道行く方々は何気に気にしながらチラシを手に取ってくださったり、初めて募金をしてくださった方には本当に感謝と感動で胸がいっぱいになりました。
 地道に4回の活動を行い、少しでも義援金が送れればいいなと感じました。

 次に、“楽描きだがしや楽校”の東海林さんからの報告です。

 この日は、あいにくの雨ふりで、ライブや“だがしや楽校”などは中止にしました。
 それでも念のために、七日町のほっとなる広場に、一部の関係者で集まり、ちょっとの時間だけ、イベントのチラシ配りと募金を行いました。
 雨降りで街へ繰り出す人が少ないのは想像していましたが、やはり、人足はまばらでした。もっとも七日町は、天気が良くともドーナッツ現象の影響で人通りが少なくなっているのは事実なのですが。
 それはともかく、街行く人にチラシを渡そうとしますが、受け取ってくる人は2~3人にひとりいるぐらいでしょうか。

 

 それでも、ゆき彦さんがギター片手に少し歌ってくれたら、人々の関心が少し向いてくれたようで、ちょっと良い雰囲気になりました。ちょっと音楽が入ると雰囲気が変わるものです。
 次回は、霞城セントラルのアトリウムなので、雨の心配もいらず。
 きっと元気の出るチャリティーになるのではと、期待しています。

 お天気の関係で残念でしたが、それでもチラシを受け取られた人が「2~3人にひとり」というのは良い方ではないかと思います。それだけ「関心が高い」のでしょう。でも、それは「必然的に関心が高くなってしまった」という見方ができるかもしれません。
 このように、お二人の報告からは、雨の中での活動からも、今回の大震災から受けた精神的な衝撃の大きさを垣間見ることができました。
 こうなれば、4月16日の2日目を楽しみにしましょう。私も2日目は山形に行きます。

 

報告&写真提供:丹波恵子さん(シンガーソングライター)

報告提供:東海林昭浩さん(楽描きだがしや楽校)

制作・編集:山口充夫(だがしや楽校コーディネーター)

 

 

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