おきたまラジオNPOセンター・ひとりごとダイアリー

 

2021年7月22日(木曜日・海の日晴れ浮かぶ 午後場所によって一時晴れ浮かぶ にち曇り

【海の日コンサート】
 第4回 海の日コンサート(主催:米沢フルート音楽研究会)が米沢市内(アクティー米沢)にて開かれました。サブタイトルは 〜大航海の時代、米沢に生まれた支倉常長率いる慶長遣欧使節の足跡を歩く地中海、スペイン、イタリアの音楽巡礼〜 です。(チラシの演奏曲目

 そう言えば、米沢出身のフルート奏者、勝俣敬二さんの支倉常長への思いが深まった経緯については、突っ込んで聞いたことはありませんが、ヨーロッパ音楽に造詣が深い勝俣さんにとっては自然なことに思われます。九里学園の九里先生が中心になって活動している米沢とスペインとの交流事業が先なのか、勝俣さんの思い入れが先なのかはわかりませんが、相乗効果はあったことでしょう。音楽が加わったことで、交流事業はより幅が広がったのではないでしょうか。

 1613年10月、現在の宮城県石巻市から1隻のガレオン船(西洋式軍艦)サン・フアン・バウティスタ号が出発しました。支倉常長や宣教師ルイス・ソテロが率いる総勢約180人の、のちに“慶長遣欧使節”という人たちです。船は太平洋を横断し、メキシコに到着。大西洋側に出て、別の船で大西洋を横断。1614年12月、スペインの首都マドリードに到着します。そこでは国王の洗礼を受けるなど歓迎されます。1615年8月、マドリードを出発、ローマに向かいます。そして、1615年11月には、ついにローマ教皇パウロ五世に会うことができます。支倉常長はローマでも大歓迎され、公民権まで与えられます。しかし、目的のひとつだったスペインとの貿易交渉は成功しませんでした。1617年7月、日本に戻ることになります。1620年8月、長崎に到着。1620年9月、仙台に戻ります。
 この間、日本でのキリスト教環境が様変わりしていました。幕府はキリスト教禁止令を発したからです。支倉常長は失意のまま、1622年に亡くなりました。
 しばらく支倉常長は忘れられた存在でしたが、やがて日本に於ける国際交流の先駆者として評価されるようになります。

 コンサートの前半は、グレゴリオ聖歌です。支倉常長と同様、私からすれば、勝俣さん「いつの間にかグレゴリオ聖歌に取り組んでいた」という印象です。これについて、以前、勝俣さんから聞いた話では、北山原殉教地跡でのエピソードが登場します。
 北山原は、私が子ども時代に暮らしていた場所に近く、何度も遊んだ記憶があります。勝俣さんが北山原を訪ねた時に聞こえた子どもたちの楽しげなおしゃべりと笑い声がグレゴリオ聖歌への思い入れにつながりました。

 グレゴリオ聖歌は私にとっても身近な存在です。
 ドイツの音楽プロジェクト・エニグマ(Enigma)がダンス・ロック・ビートとグレゴリオ聖歌を融合させ、1990年代になって世界中で大ヒットしたからです。
 きょうのコンサートでも、荘厳でもあり、美しくもあるグレゴリオ聖歌を堪能することができました。素晴らしいです。朗読の押切さんも聖歌隊にすっかり溶け込んだ感じです。曲によっては荒木さんのリコーダー演奏も入りました。素朴であります。

 今回の注目は、ヴィオラ・ダ・ガンバの演奏です。
 ヴィオラ・ダ・ガンバ(viola da gamba)は、16世紀から18世紀にヨーロッパで用いられた擦弦楽器です。ヴィオラ・ダ・ガンバの「ガンバ」とは、サッカーの「ガンバ大阪」と同じで「脚」のことです。脚で支える楽器で「脚のヴィオラ」という意味です。18世紀後半にいったん完全に廃れてしまいますが、その後の古楽を見直す時代の流れで復活。大きな音は出ませんので、室内楽などに適しているそうです。

 ヴィオラ・ダ・ガンバとグレゴリオ聖歌の演奏は、私の中ではなぜか、ジプシーをイメージしました。それはある意味、勝俣さんの思惑とは異なりますが、地中海地方だけではなく、広くヨーロッパをイメージしたように、自分では感じました。それは、勝俣さんのフルートとの共演、小澤さんのヴィオラ・ダ・ガンバ独演でも感じました。
 最後のディエゴ・オルティス(Diego Ortiz:1510年〜1570年)の作品では、ヴィオラ・ダ・ガンバと勝俣さんによるタンバリンの共演です。タンバリンは牛革製です。ここでスペインのイメージが湧いてきました。それにしても、タンバリンまで演奏してしまう勝俣さんには脱帽です。会場も盛り上がりました。

 というわけで、暑さを忘れる至福のひとときでした。
 それから、開催にこぎ着けるまでのご苦労も考えたいです。グレゴリオ聖歌というくらいですから、声を出すことになります。それも、聖歌隊ですので、複数の人です。
 きょうのコンサートは人数制限で20人限定です。仕方ないとは言え、やっぱり残念です。それでも、きょうのコンサートはソーシャルディスタンスを考慮したレイアウトで、ゆったりとした気分で聴くことができました。贅沢です。
 20人の中に、エフエムNCV・おきたまGO!で番組を持っているHさんがいました。話し声でわかりました。Hさんは、7月11日に米沢スキー場で開かれた“「のまど」なマルシェ”でもお見掛けしています。ご活躍されています。

 コンサートが終わり、演奏された人たちの集合写真撮影を行いました。さらには、テーブルや椅子を移動し、会場を元通りにする作業も手伝いました。
 お世話になっている勝俣さんに、少しでも恩返しができれば・・という思いです。
 勝俣さんには、コロナ禍での活動は大変でしょうが、健康と安全に留意しながら、音楽文化発展のためにも、引き続きご活躍していただきたいと思います。

 

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