おきたまラジオNPOセンター・ひとりごとダイアリー

 

2022年7月25日(月曜日)福島県相双地方の天気:曇り晴れ間あり のち晴れ浮かぶ 夕方から宵の口一部でにわか雨

【相馬野馬追:野馬懸】
 福島県南相馬市小高区にある相馬小高神社に行きました。相馬野馬追の3日目、野馬懸を見学するためです。3年ぶりの現地見学です。

 ここに来ての新型コロナウィルス(COVID-19)の感染急拡大。これまでの私なら、県をまたぐ移動は考えられません。しかし、いつまでも解決することができない人間の愚かさに、腹立たしさが漲(みなぎ)りました。そして、自分に課している規制がバカバカしくなりました。
 今年の相馬野馬追は3年ぶりに通常開催です。規模縮小ではありません。フルバージョンです。この潔(いさぎよ)さに感激です。中途半端では相馬野馬追とは言わないのでしょう。
 もちろん、万全の対策での通常開催です。出演する騎馬武者など関係者は全員検査を行ったとのことです。私も最大限の対策を講じます。

 野馬懸は、相馬野馬追の原形を残していると言われます。その昔は、現在の南相馬市原町区から相馬小高神社まで10km以上にわたり馬(野馬)を追っていたそうです。これこそが野馬追です。
 今年は7月23日から25日の開催です。その昔は、日付け固定で、この日に開催していました。

 午前8時すぎ、相馬小高神社に到着です。上空は雲が多いです。雨の心配はなさそうです。少しずつ見物人が増えていきます。その多くがカメラを手にしています。プロ用のカメラからビデオカメラ、スマホのカメラまで様々です。その熱意は凄いです。神奈川県から来たという人と話しましたが、「観に来よう」という強い意思を感じました。
 報道陣のカメラもズラリです。マスコミから地域メディアまで、いろいろです。

 まもなく、騎馬武者たちが入場です。その中に、総大将の相馬言胤(としたね)さんの姿(下の写真左)がありました。相馬言胤さんは相馬中村藩主家第33代当主・相馬和胤(かずたね)氏の孫で、和胤氏の長男行胤(みちたね)氏の長男です。今年の6月に14歳となり、武士の「元服」にあたる数え年15歳を迎えるのに合わせて、今回初めて総大将を務めることになりました。初陣です。広島市在住の中学2年生で、今年の相馬野馬追では、大きな話題のひとつです。

  

 午前9時、合図の花火が打ち上がります。午前9時10分、神社にて式典が始まります。総大将による訓示があり、安全を祈願する儀式などが行われました。このあと、騎馬武者たちは、野馬追のため、いったん場内から出て、東へ約1km移動します。
 上の写真右が場内(馬場)です。普段は駐車場です。春は周囲の桜が美しいです。相馬民謡の相馬流れ山踊りが奉納されています。

 馬場をお祓いし、いよいよ野馬の追い込みです。下の写真がその様子です。1頭目(写真左)は芦毛の馬です。写真右が2頭目です。鹿毛の馬です。額に白い斑点があります。

  

 下の写真は、馬場内での2頭のお馬さんです。突然、鹿毛のお馬さんが芦毛のお馬さんに飛びかかります(写真左)。その直後、そのお返しとばかりに、芦毛のお馬さんが鹿毛のお馬さんに足蹴り一発です(写真右)。

  

 さらにもう1頭追い込まれ、3頭が馬場に揃いました。このあと馬を素手で押さえますが、その馬を選ぶための儀式です。神職が長い竿でその馬に触れます。この瞬間、1頭が砂浴びを始めました(下の写真左)。でも狙うのは芦毛のお馬さんです。なかなか触れることができず、神職さん、転倒してしまいます(下の写真左)。

  

 ようやく触れることができました。白装束に身を包んだ御小人と呼ばれる人が馬を捕まえます。下の写真左が1頭目の芦毛馬を捕まえる様子です。この馬が相馬小高神社に奉納されます。

  

 上の写真右が2頭目の鹿毛のお馬さんを捕まえる様子です。

  

 上の写真は3頭目です。捕まえたように見えましたが、お馬さんに振り切られ、転倒。地面に倒れ、動きません。水をかけられ(下の写真左)、元気回復です。こうして3頭を捕まえることができ、総大将に報告です(下の写真右)。御小人は10人でした。

  

 芦毛馬は相馬小高神社に奉納されましたが、残り2頭はせりにかけられます(下の写真左)。このせりもなかなかおもしろいです。一気に値をつり上がりますと、「そがえにあげんなず、みな貧乏なんだから・・」などの声に、場内は笑い声です。

  

 そして最後は神旗争奪戦です。神旗争奪戦を間近で見られるのも、3日目の魅力です。

  

 ただ、馬場が狭いので、神旗が周囲の木々に引っ掛かることがあります。上の写真では、木に引っ掛かった神旗を長い竿で取っている様子です。

  

 上の写真左は打ち上げ方向を微調整する花火屋さんです。木に引っ掛からないように調整です。縁の下の力持ちです。上の写真右は打ち上げの瞬間です。

  

 この神旗争奪戦での見どころは、獲得した神旗を子どもや女性などに託すことです。託された人たちは本陣に向かい、総大将からご褒美をもらいます。

  

 これが次の世代に脈々と引き継がれる原点と言える光景です。そして、相馬野馬追が馬を愛する人たちによるお祭りであり、主役は馬と馬に関わる人たちであります。観光(客)のためのお祭りではないのです。相馬野馬追を見るには仕来りがあります。それを守らなければ叱責されます。実は、この日も一時不穏な空気が流れました。でも、ここが相馬野馬追の最大の魅力であり、国重要無形民俗文化財に指定される由縁とも言えます。
 例えば、ゴミをポイ捨てする人は「米沢に来ないでほしい」というのが私の思いです。

  

 神旗を託されたお子さん、馬上で大泣きです(上の写真右)。でも、本陣でご褒美をもらったあとは、下の写真左のとおりです。威風堂々という感じです。

  

 こうして神旗争奪戦も終わり、3日間にわたり、3年ぶりのフルバージョンでの開催になった今年の相馬野馬追は、すべての行事が終了です。上の写真右は、相馬小高神社の本殿前を引き上げる騎馬武者たちです。昼の12時30分頃です。
 早朝に米沢を発つなど苦労しましたが、観て良かったというのが、率直な感想です。
 地域に根付いているお祭りということを、あらためて実感しました。

 下の写真は、相馬小高神社の前を流れる小高川です。写真右の左側が相馬小高神社です。川の水が少し濁っています。そう言えば、馬場の周囲では土嚢が積まれているところがありました。

  

 下の写真は小高駅前道路です。午後2時18分撮影です。いつもの静けさです。

  

 通りの一角に、初めて見るお店がありました。カフェで食事も楽しめるお店です。ただ、テーブルは4つ、それも1人テーブルが1つ、2人テーブルが3つです。つまり満席は7人です。できるだけ少人数での来店に協力を・・というお店です。評判は良さそうなので、入ってみました。
 珈琲は青森県からの豆を使っているというこだわりのお店です。注文したホットのカフェラテが透明のグラスに入っていました。なかなかの美味しさです。
 店内は、狭い上に感染対策が徹底していることもあり、ゆっくりお喋りしながら時間を過ごすという雰囲気ではありませんでした。寛(くつろ)げるげる感じでもなく、緊張感をおぼえたほどです。
 ところが、1組の男女のお客さん・・特に女性の人は飲食以外の時間もマスクを着用していませんでした。そのままで、しばらく席を立つ場面もありました。さらに飲食中はマスクをしないままの会話が続きました。
 私は「そもそも默食は無理」と思っています。默食を徹底するなら、知り合いがやっている新庄市のラーメン屋さんのように、店のスタッフは客に声がけしなければなりません。
 結局はこのお店も中途半端な対応に感じました。残念です。

 同じ通りに一角にある小高工房を訪ねました。
 ここは“おだかぷらっとほーむ”だったところです。みなさんが気軽に集える場でした。私も何度かお邪魔していました。それがコロナ禍で難しくなったのでしょう。代表のHさんが栽培している唐辛子を生かした辛いお店に変身したのが小高工房です。
 私は何度か小高工房の前を通過していましたが、県外の人間でもあり、躊躇っていました。しかし、この日は吹っ切れていましたので、入りました。中はかなりレイアウトが変わりました。それでも過ごせる場はありました。棚には私の苦手な辛い商品がたくさん並んでいました。その中に“小高ビーフカレー”がありました。辛口ですが、買いました。この日の夜、食べました。辛いですが、非常に美味しかったです。「辛い甘い」より「美味しいか」です。
 対応されたスタッフさんは、一時酒田市に避難していたそうです。小高工房になってから、ここのスタッフになったとのことです。とても感じの良い人で、またお邪魔しようと思いました。

 浪江町にも足を伸ばしました。下の4つの写真は、浪江駅とその周辺です。今年の4月は、写真を撮っていませんでした。

  

 ご覧のとおりの風景です。更地ばかりが目立ち、現実は厳しいです。

  

 それでも今年の相馬野馬追には、浪江町と大熊町からも出陣しました。これがどれだけ復興に寄与できるかはわかりませんが、新たな一歩になったとは思います。

 

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