おきたまラジオNPOセンター・ひとりごとダイアリー

 

2022年10月16日(日曜日)早朝は曇り晴れ間あり 朝から晴れ浮かぶ

【W.A.モーツァルト フルート四重奏曲 全曲演奏会】
 米沢フルート音楽研究会創立40周年記念 W.A.モーツァルト フルート四重奏曲 全曲演奏会 〜秋の午後、歴史の館で聴く雅な古楽器の音色〜(主催:40周年記念演奏会実行委員会 共催:米沢フルート音楽研究会)が米沢市内(米沢牛・山懐料理 吉亭)にて開かれました。
 チラシはこちらこちら会場で配布された資料はこちらをご覧ください。

 米沢市出身のフルート奏者、勝俣敬二さんとの付き合いは20年近くになりますが、私が存じ上げているのは、勝俣さんの活動のごく一部と思っています。私にとって、今回のような企画は初めてです。これまでは、例えば、陸井さんとのデュエットによるコンサートなどはありましたが、勝俣さんの解説を交えながらでした。今回は、押切さんの朗読とともに、4曲のフルート四重奏曲を演奏するものです。私にとっては、新鮮な企画に感じました。勝俣さん自身も、モーツァルトのイタリアンの音楽性について「自分にとって新鮮」とプログラムに書いています。
 会場の吉亭も初めてのことです。和と洋の調和です。会場について勝俣さんは「支倉常長日西文化協会との交流がきっかけです」と言います。勝俣さんの交流の輪は広がり続けており、それがこうした新鮮な活動につながっているのです。

 数日前、勝俣さんから電話がありました。それは「演奏風景などを撮影してほしい」という依頼の電話でした。私は快くお受けしましたが、勝俣さんとの話で、ビデオ撮影で対応することにしました。それは、勝俣さん関係の演奏会では、これまでも記録用のビデオ撮影は行われていたのですが、少し気になることがあったからです。私は「いくら記録用のビデオ撮影でも、きちんと撮影したい」という思いがあるのです。なお、記録用とは、主催者(今回は勝俣さん)に提供するものであり、公表するものではありません。公表するかは、主催者の判断になります。

 午前中の私が関わるNPOなどが主催する川西町でのイベント取材を終え、午後1時30分頃に会場へ着きました。
 早速、会場の確認です。会場は和室の大広間です。ビデオカメラ設置でこれだけ試行錯誤したのは、これまた初めてです。きょうは「初めてづくし」です。事前の想定では、会場の後方(お客様の後方)から撮影するつもりでした。現場でも最初はそのつもりでした。しかし、これでは演奏者の姿を捉えることができません。それは、会場のレイアウトだけではありません。光の関係もありました。
 かなり悩んだ末、最前列で撮影することにしました。これって、かなり緊張を強いられる撮影です。お客さんの邪魔になってはなりません。もちろん、演奏者の邪魔になってもなりません。それでも、「勝俣さんに少しでも満足していただきたい」という思いから決断しました。

 午後1時30分頃、受け付けが始まりました。お客さんの人数は把握しませんでしたが、40人ほどとみました。和室だからでしょうか、和やかさ、穏やかさが、会場を包みました。

 午後2時、司会の方によるMCが始まりました。私の撮影も始まりました。このあと、休憩を挟み、2時間近くの撮影です。この間、緊張の連続です。
 MCが終わり、押切さんの朗読、そして演奏です。プログラムはこちらをご覧ください。勝俣さんの解説も記されています。

 私は、緊張しながらも演奏を聴きました。録音状態をチェックしながらでしたので、イヤホーンを通しても聴きました。最前列ということもあり、演奏の音が私に迫ってくる感じでした。イヤホーンで聴きますと、専用のマイクを取り付けたこともあってか、さらに迫力ある音になっていました。というか、「見えない」いや「聞こえない」別の音の存在を感じたのです。
 それは亡霊のようにも感じました。それは私だけが感じたものでしょう。ある意味、不思議な体験でした。それだけ素晴らしい演奏だったということです。プラスαを感じさせる至極の演奏だったのです。

 モーツァルトの人生は、ある意味、死と対峙するものでした。
 押切さんが朗読で読んだのは、モーツァルトが書いた手紙です。モーツァルトは父親宛などに多くの手紙を残しています。演奏された4曲のうち2曲での手紙は、母の死についてです。モーツァルトの母は1778年、モーツァルトが22歳の時に亡くなります。これについて、父親にも手紙を書いています。このことが、「見えない」いや「聞こえない」別の音の存在に通じたのでしょうか。でも、演奏当日は、それが何かはわかりませんでした。

 米沢フルート音楽研究会は創立40周年です。ということは、私と同い年の勝俣さんが30歳の時です。勝俣さんはまもなく誕生日です。これで70歳になります。私より2か月あまり遅いです。
 アンコール前の勝俣さんの話です。
 勝俣さんは大学卒業の際、リサイタルを開きました。それから3年後の26歳、スイスに留学しました。その際にも、米沢市民文化会館でリサイタルが開かれました。会場は満席でした。多くに市民に見送られ、勝俣青年はスイスに旅立ちました。
 今回の演奏会は、米沢への感謝の思いがありました。

 夕方5時頃、演奏会は終わりました。ようやく緊張から解放されました。素晴らしい演奏を目の前で聴いた満足感、緊張から解放されてのホッとした気持ち、そして見えないものを抱えたままの不思議な気持ちが入り混じっていました。

 でも、何と言っても、至福の時間を過ごせたことが、最大の喜びです。私からは勝俣さんに感謝の思いを申し上げたいです。勝俣さんからは、クラシック音楽を楽しさ、奥深さを学ぶことができました。それは学校では学ぶことができないものばかりでした。これって、私が普段聴いているポピュラー音楽の聴き方にも影響しています。
 あらためて、勝俣さんに御礼を申し上げたいです。
 また、今回の演奏会での3人の演奏者、そしてすべての関係者にも感謝を申し上げたいです。演奏者のうちの1人は、神戸から駆け付けてくださったそうです。

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※以下は、10月17日に追記したものです。

 翌10月17日、山形国際ドキュメンタリー映画祭の高橋卓也さんの訃報を目にしました。自分の目を疑いました。私も大変お世話になっていただけに、気が動転しました。かなり動揺しています。高橋さんは10月15日に亡くなっていました。直前まで元気でした。急死でした。高橋さんは66歳でした。これが、演奏で感じた「見えないもの」、いわゆる「虫の知らせ」だったのでしょうか。
 ちなみに、モーツァルトは1791年12月5日、35歳で亡くなっています。

 収録したビデオを再生し、もう一度演奏を聴きました。
 ようやく心が少しは落ち着いた感じです。


 

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