おきたまラジオNPOセンター・ひとりごとダイアリー
2022年11月13日(日曜日)曇りで晴れ間あり 午後曇り 夕方から宵の口は雨 夜は小雨が降ったりやんだり
【米沢フルート音楽研究会演奏会】
第40回 米沢フルート音楽研究会演奏会 〜18世紀と19世紀のフランス音楽とジャポニズム〜 (主催:米沢フルート音楽研究会)が米沢市内(グランドホクヨウ)にて開かれました。
チラシの表・裏、当日配布のプログラムの表・裏です。右の写真は会場の様子です。
米沢フルート音楽研究会演奏会は創立40周年です。つまり、創立は勝俣敬二さんが30歳のときです。演奏家もさまざまです。演奏活動に集中する人もいれば、教室を開いたり、レクチャー活動に力を注いだり、地域活動に熱心だったりといろいろです。
勝俣さんに教室を開いた理由を尋ねました。勝俣さんによりますと、1982年当時はフルートがブームでした。各地にフルート教室が開かれた時代でした。しかし、そのブームは、バブルがはじけたのと同じように去ってしまいました。
そんな中でも米沢フルート音楽研究会は継続しました。これについて私(山口)が思うに、勝俣さんの音楽に対する愛情はもちろんですが、それ以上の思いがあるということです。それは単に西洋音楽を伝えるだけではありません。ここ米沢での伝え方を熟知されているということです。
それが、きょうの演奏会のテーマにもなっているジャポニズムです。それは勝俣さんにとって、生涯にわたるテーマであります。そこが、学校の(ただ詰め込むように教える)音楽の時間との違いです。学校の音楽で、♯や♭の意味は教えません。教えるのは「半音あがる」「半音さがる」だけです。
そう言えば、きょうの演奏会の合間に、誰かの「日本の鎖国は後ろ向きに考えがちだが、前向きにとらえることもできる」というセリフが聞こえました。これもジャポニズムに通じます。このことの勝俣さんの思いは、勝俣さんのプログラムノートをご覧ください。
それから研究会が継続しているのは、勝俣さんの人柄によるものが大きいと思います。クラシック音楽に縁遠い(としておきます)私と勝俣さんが20年近くにわたり交流しているのは、そこにあると思います。
勝俣さんと私の出会いは、米沢市内のカフェで開かれていた地域の人たちが集うサロンです。そのサロンでは、ひとりの人が話題提供していました。その中に勝俣さんがいました。演奏家の勝俣さんですが、そこでは自分の思いを語りかけていました。滞在していたドイツやスイスのこと、そこで感じた西洋文化のこと、そして日本・米沢に対する思いなどを話されました。それを私は、当時行っていたポットキャストによるインターネットラジオで配信していました。
こうした私の活動に共感された勝俣さんと私は意気投合です。同い年ということも親近感につながっています。そんなことで、私は演奏会などPR(広報活動)を行っているわけです。
勝俣さんの教室は、米沢のほかに、新潟県新発田市、東京など関東地方に3か所の計5か所あります。きょうの演奏会には、新潟県村上市や栃木県・茨城県から生徒さんが駆け付けました。
きょうの演奏について、勝俣さんは先生として厳しい評価もありましたが、私などは演奏に真剣に取り組むみなさんの姿に感銘するばかりでした。初めて聴く永田さんが奏でるアーチリュートの素朴な音色も良かったですし、押切さんの素敵な朗読は、勝俣さんの思いを、優しい声で、伝えているように感じます。勝俣さんの演奏会には欠かせない存在です。勝俣さんの視野の広さ、見識の奥深さ・広さを感じます。
演奏会後の創立40周年を記念し、また演奏会の打ち上げとして行われたパーティー(米沢市内のカフェで開催)には、演奏された生徒さんのほかに、関係する人たちの14名が参加しました。
その中には、米沢市芸術文化協会の前会長・亀岡博さんと現在の会長・佐藤嘉一さんも出席されました。米沢フルート音楽研究会にとって、米沢市芸術文化協会の支えは、40年間の継続における大きな力になりました。ちなみに、米沢市芸術文化協会は2020年に特定非営利活動法人( NPO法人)になっています。このほか、支倉常長日西文化協会の関係者、勝俣さんが演奏したことがある古民家「孫太郎」のオーナーご夫妻が参加しました。
考えてみますと、勝俣さんと私の付き合いは、40年の約半分を占めるにいたりました。そう考えますと、私も感慨深いです。
そんなことを思いながら、演奏を聴き、パーティーに参加したのですが、実はそんな悠長なことを言っている場合ではなかった私です。
演奏会では、記録用のビデオ撮影です。私の場合、記録用と言っても、カメラワークを行いますので、約2時間の演奏中は立ちっぱなしです。神経を使って行ったつもりですが、反省する場面がありました。緊張で汗をかくほどでした。
さらにパーティーでは、司会を務めました。勝俣さんからは「堅苦しくないので・・・」と言われましたが、担った以上は神経を使うことになります。久々の司会でしたが、なんとか無事に終了することができました。
ただ、きょうのように、ビデオ撮影と司会を同じ日に続けて務めるのは初めてです。それが正直きつかったです。それでも、好きでやっていますので、このように依頼されることは、私にとっては、嬉しいことであり、光栄に思っております。
これからも、勝俣さんを、米沢フルート音楽研究会を、そして地域の文化、米沢の文化、さらには地球上のあらゆる文化を、私ができる範囲で応援したいと思った次第です。
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