おきたまラジオNPOセンター・ひとりごとダイアリー
2024年3月1日(金曜日)雪 日中は曇りで午後は晴れ間あり 夜は雨のち雪で風強く
【2月の振り返り】
2月も暖冬です。雪かきをすることはほとんどありませんでした。中旬には米沢を含め、全国的に記録的な暖かさになりました。米沢では15日と18日に2月の観測史上高い方から1位を更新しました。全国でも数多くの地点で同様に記録を更新しました。
一方で、南岸低気圧の通過で、太平洋側で愚図つくことがありました。5日は東京などに大雪警報が発表です。都心で積雪8cmです。6日は福島で雪景色でした。22日は山形で大雪でした。札幌は断続的に大雪で24日は積雪が94cmに達しました。27日は岩手県の沿岸北部でドカ雪でした。27日は東京などで強烈な風でした。
このように2月は寒暖の差が大きかった月でもありました。
1日は北日本を中心に冬型の気圧配置になり、北海道から本州の日本海側を中心に雪や雨でしたが、夜になって弱まりました。青森県酸ヶ湯では日の降雪量が51cmでした。米沢は昼前から雪も夜は弱まりました。一方、九州地方南部から南西諸島北部には前線がかかり、種子島付近に低気圧が発生したことで、九州地方を中心に雨が降り続きました。
2日は北日本で冬型が続き、北日本から新潟県では雪が降り続きました。一方、前線は南下し、夕方からは西日本から晴れの範囲が広がりました。米沢は午後を中心に意外に晴れました。米沢では朝、転倒事故が相次ぎました。
3日はまた南シナ海から南西諸島に前線と低気圧が発生し、九州地方南部に接近したことで、夜には東日本から西日本の広範囲で降水になりました。北海道から新潟県の日本海側の雪は次第に弱まりました。米沢も晴れていきました。
4日は低気圧が本州の南岸沖を通過しましたが、夜にはまたまた東シナ海に前線を伴った低気圧が発生しました。北日本は弱い冬型の気圧配置が続きました。関東地方から南西諸島で降水で、東京でも朝一時雪が降りました。降水はいったん弱まりましたが、夜遅くには西日本から雨です。この日の米沢は雲が多かったものの常に晴れ間がありました。
5日は九州地方南部近海から本州の南岸を低気圧が通過し、東京をはじめ関東甲信越などで大雪になりました。東京では夜になって雪が強まり、東京23区全域など関東地方の広範囲に大雪警報が発令されました。東京のアメダスでは23時に積雪8cmです。
首都高や高速道路では予防的処置で雪が降る前から通行止めになりました。しかし、除雪に時間がかかり、すべての通行止めが解消されたのは7日の16時すぎでした。
米沢や福島でも午後から雪になりました。
6日の福島はアメダスで積雪16cmとなり、ひとりごとダイアリーでは福島の雪景色をご紹介しました。米沢も見事な雪景色でした。除雪車が来たので、久々に雪かきしました。一方、松が岬公園のお堀沿いの道路は除雪されていませんでした。東京などに大雪をもたらした南岸低気圧は東へ移動に日本列島から離れ、日本付近は次第に冬型の気圧配置になってきました。しかし、関東地方では天気の回復は鈍く、茨城県や千葉県では夜になっても雨が降り続きました。
7日、日本付近は緩い冬型の気圧配置で日本海側で雪や雨が降り続きましたが、特に強く降ることはありませんでした。南西諸島は夕方から夜を中心に雨が降り続き、激しい雨が降ったところもありました。米沢は雲が多い天気でした。
8日の米沢は前日と同じで雲が多いながらも晴れ間があり、午後は一時雪でした。日本付近はこの日も緩い冬型の気圧配置でした。南西諸島は午前を中心に雨でした。
9日、日本付近は冬型の気圧配置が崩れました。このため、全国ではところどころで雪や雨が降りましたが、広い範囲で晴れや曇りでした。米沢は雲の多い天気でした。
10日は上杉雪灯篭まつり初日です。昼頃までは晴れましたが、雪灯篭に点灯された夕方から夜は断続的に雨でした。全国も、未明は晴れたところが多かったのですが、日本海側から降水の範囲が広がっていきました。
11日、全国的には関東など東日本から西日本でも雨や雪が降りました。さっぽろ雪まつりの最終日だった札幌で大雪でした。米沢は雪から晴れになりました。
12日、東日本から西日本では雨や雪が降り、北日本では雪が降り続きましたが、夕方からは全国的に晴れてきました。全国のアメダスで降水を観測した地点が無くなりました。米沢は1日中晴れました。
13日の米沢は1日中、雲ひとつない快晴でした。全国的にも秋田県など一部を除き晴れました。そして、北日本を中心に全国的に暖かくなりました。
14日は夏型のような気圧配置となり、全国的に季節外れの暖かさになりました。最高気温・最高気温とも、大幅に高い地点や、北日本を中心に平年より2月として記録的高温になった地点が数多くでました。米沢も最高気温は4月並みでした。
15日、米沢の最高気温は17.3℃です。これは平年より13.9℃も高く、4月下旬(4月22日頃)並みです。さらに、1977年の統計開始以来4月の観測史上高い方から1位です。全国的にも季節外れの暖かさが続きました。気象庁はこの日、関東地方・北陸地方・四国地方で「春一番が吹いた」と発表しました。
16日の米沢は未明に強風が吹き荒れました。にもかかわらず、強風注意報は出ませんでした。全国的にもはじめは荒れ模様でしたが、次第に回復しました。一時的に冬型の気圧配置となり、寒さが戻りました。
17日、北海道の南東海上の高気圧に広く覆われ、全国的に晴れたところが多いですが、伊豆諸島を含む関東地方から紀伊半島にかけて1日中雲に覆われ、断続的に雨が降りました。東京も1日中どんよりとした曇り空です。米沢は少し雲浮かぶも穏やかな晴れでした。
18日、太平洋の高気圧は日本付近を広く覆い、全国的には晴れたところが多く、この日から季節外れの暖かさになりました。2月として記録的高温になった地点は、東北地方から北陸地方の30地点です。米沢もその中の1つで、最高気温は17.5℃と15日の17.3℃をさらに上回り、1977年の統計開始以来4月の観測史上高い方から1位を更新です。私が滞在した岩手県陸前高田市も日中はかなり暖かかったです。ただ、三重県を中心に東海地方から近畿地方では愚図ついた天気です。
19日は、北日本から日本海側を中心に、さらに暖かくなりました。全国のアメダスで統計開始以来2月の観測史上高い方から1位だったのは、最高気温で217地点、最低気温で116地点です。北海道では6月並みになった地点もありました。山形県で、今年の最高気温は16地点、平年より10℃以上高いは18地点、2月の観測史上高い方から1位は9地点、5月並みは4地点です。岩手県陸前高田市はこの日も暖かかったです。
20日、東日本から西日本で記録的な暖かさです。全国のアメダスで統計開始以来2月の観測史上高い方から1位だったのは、最高気温で90地点、最低気温で96地点です。天気は前線通過時に広範囲で降水です。夜は九州南部からまとまった雨でした。
21日、まるで梅雨のように前線が九州地方などにかかり続け、九州地方には強い雨雲がかかり、激しい雨や非常に激しい雨が降るなど大雨でした。西日本を中心に2月として記録的降水量を観測した地点も数多くなりました。全国のアメダスで統計開始以来2月の観測史上高い方から1位だったのは、最高気温で7地点、最低気温で55地点です。
22日、山形市で午前中にかけて大雪です。山形市では積雪21cmでした。前日に大雪予報が出た置賜地方では大雪にならず、米沢の積雪は9cmでした。東北地方では太平洋側でも雪で陸前高田も雪が積もったようです。前線は南下しましたが、全国的に愚図ついた天気です。全国のアメダスで統計開始以来2月の観測史上高い方から1位だったのは、最高気温で6地点です。南西諸島で記録的暑さ続きました。
23日、前線は短縮も、愚図ついた天気が多かったです。暖かさは解消し、寒さが戻りました。米沢は曇りでした。
24日、大陸の高気圧が日本海に南下、北日本は冬型の気圧配置、南西諸島北部に等圧線の凹みです。九州地方南部や南西諸島北部を中心に雨が降りやすく、夜にはそこから雨の範囲が広がり、紀伊半島まで雨です。米沢では午後は晴れ間広がるも雲が多く朝まで小雪が降りました。
25日、南岸低気圧の通過で、西日本から東北地方で雨や雪でした。関東地方とその周辺で寒くなりました。米沢は日中、薄日薄曇りでしたが、夕方から小雨、夜遅く雪です。
26日、日本海側で降水が続いたほか、特に東北地方の太平洋側北部で雪が降り続きました。北海道は南東部を中心に降雪量が多くなりました。強風も吹き荒れました。米沢は落ち着かない天気でした。
27日、岩手県の太平洋側でドカ雪です。岩手県では大雪警報は発表になったほどで、各地で70cm近くの雪が一気に積もりました。青森県でも八戸などを中心に大雪です。強風も吹き荒れました。米沢は不安定な天気でした。
28日、日本付近は高気圧に覆われましたが、東シナ海の低気圧で西から下り坂です。米沢は雲が多いも晴れ間もありました。西風が肌寒いです。
29日、また東シナ海から低気圧が西日本に来ました。このため降水の範囲は西から広がり、夜遅くは東北地方南部まで降水です。米沢はこの日も雲の多い天気でした。
米沢アメダスのデータで2月を振り返ります。
最高気温の平均は6.7℃です。これは平年(3.5℃)より3.2℃高いです。
2月18日の最高気温17.5℃は1977年の統計開始以来2月の観測史上高い方から1位です。
最低気温の平均は-2.7℃です。これは平年(-4.6℃)より1.9℃高いです。
2月20日の最低気温3.1℃は1977年の統計開始以来2月の観測史上高い方から6位です。
2月の平均気温は1.6℃です。これは平年(-0.5℃)より2.1℃高いです。また、1977年の統計開始以来2月の観測史上高い方から2位です。
2月の総降水量は59.5ミリです。これは平年(101.8ミリ)の58%です。これは1976年の統計開始以来少ない方から4位です。
2月の総日照時間は97.0時間です。これは平年(87.1時間)の111%です。
2月の総降雪量は46cmです。これは平年(196cm)の23%です。
このあとご紹介する3つの図は、気象庁発表のものです。全国のアメダス観測地点での観測データについて、平年差を地図上にプロットして分布図にしたものです。
下の図は、1月31日〜2月29日の30日間における平均気温での平年差分布図です。本州・四国・九州地方と南西諸島で平年より高いです。北海道も平年より高めの地点が多いです。

下の図は、1月31日〜2月29日の30日間における総降水量での平年差分布図です。本州中部から九州地方で平年より多いです。北日本や沖縄本島と先島諸島では平年より少ないですが、北日本では平年より多いところもあります。

下の図は、1月31日〜2月29日の30日間における合計日照時間での平年差分布図です。関東地方から九州地方では平年より少なく、北海道や東北地方の一部では平年より多い地点があります。先島諸島は平年よりかなり多いです。

気象庁発表の2024年2月の天候は、気象庁のホームページのこちらをご覧ください。なお、これは全国の主要アメダス(150地点あまり)の気象データに基づきます。山形県は、山形・酒田・新庄です。
山形・酒田・新庄は2月の平均気温が統計開始以来2月の観測史上高い方から1位でした。全国では150地点あまりのうち、36地点が統計開始以来2月の観測史上高い方から1位、8地点が統計開始以来2月の観測史上高い方から1位タイでした。
新庄は2月の総降水量で、1958年の統計開始以来2月の観測史上少ない方から1位です。
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天気以外で2月を振り返ります。
まず、能登半島地震です。
死者は241人です。珠洲市103人、輪島市102人、穴水町20人、能登町8人、七尾市5人、志賀町2人、羽咋市1人です。うち災害関連死の疑いは、珠洲市6人、能登町6人、輪島市3人です。
安否不明は石川県で7人、重軽傷者は石川県で1188人です。
避難者は石川県で11,449人です。うち広域避難者は828人、二次避難者は4733人です。
住宅被害は石川県で75,421棟です。
断水は石川県で18,800戸です。
輪島市で10日、災害ボランティアの活動が始まりました。これで、すべての自治体で災害ボランティアを受け入れたことになりました。現地にボランティアの宿泊先が確保されるようになりましたが、活動は限られています。加えて現地からは、外部からのボランティアを拒んでいる雰囲気があるという情報まであります。
2か月が経過しても、現地の様子はほとんど変わっていないように見えます。それは様々な要因があります。壊れた建物に手を付けるには、所有者の了解が必要です。これって当たり前ですが、逆に妨げにもなっています。これが東日本大震災の津波との違いです。
2月28日の支援者のつどいでは、珠洲市の様子を一般社団法人日本ソーシャルセラピストアカデミー(JAST)の代表理事:大谷哲範さんが中継で伝えてくれました。その様子をみますと、復旧・復興に向けた動きがほとんどみられませんでした。あ然としました。
大谷さんの話から感じるのは、自治体(役所)において、住民に対して情報を伝えようという意思が弱いことです。臨時災害放送局(災害FM)の動きがまったく無いことにも通じます。現地は混乱状態が続いています。
ホテルでの二次避難では、昼食の問題がありました。これは現地で活動した遠藤正則さん(福祉防災アドバイザー・福祉防災コミュニティ協会認定講師)からの情報です。これだって事前にわかるはずです。本当の意味で、被災者に寄り添っているのか、疑問になります。ホテルでの二次避難から被災地の避難所に戻ったケースもありました。「劣悪な環境でも避難所が良い」という誤った考えが改善されないことにつながってしまいます。
コミュニティとプライバシーとのバランス・・・難しい問題です。ただ、地域コミュニティに重きを置きすぎますと、外部の人たちを拒んでしまいます。
いろいろ考えますと、テレビなどでは「少しずつ日常に戻りつつあります」と伝えていますが、「本当なの」と思ってしまいます。
仮設住宅に入居できた人とそうでない人と間で溝が深まっているという話もあります。
現地は私たちの想像を遥かに超える厳しく、過酷な状況が続いています。
なお、遠藤正則さんは、エフエムNCV・おきたまGO!が3月11日に『伝える3.11』と題して放送する番組に出演することになりました。これは2組の親子が防災について語り合う「防災座談会」を聴いて、遠藤さんはコメントしたり、防災に関する助言を行うものです。遠藤さんの出演については、私(山口)がコーディネートしました。
ラジオについては、繰り返しますが、能登半島地震では臨時災害放送局(災害FM)の動きがまったくありません。
一方、岩手県陸前高田市にある東日本大震災津波伝承館には、臨時災害放送局(災害FM)りくぜんたかたさいがいエフエムにボランティア・スタッフとして関わった人の手記が展示されていました。りくぜんたかたさいがいエフエムはドキュメンタリー映画にもなりました。
2月はNPOでの不祥事がまた伝えられました。
特定非営利活動法人(NPO法人)尾花沢総合スポーツクラブでは昨年(2024年)12月、尾花沢市から委託を受けていた、小学校で行うスキー授業での講師派遣事業等について、2018年度から2023年度の6年間にわたり、委託料113万円を過大に請求していたことがわかっています。これについて、尾花沢市は8日、一転して、詐欺容疑で尾花沢署に被害届を提出しました。
この法人の令和4年度(令和4年4月1日から令和3月31日)の決算書をみました。活動計算書などによりますと、経常収益(収入)67,080,601円のうち、スポーツ教室・大会及び講演会等に関する受託事業収益が59,445,049円(この中に不正受給分が含まれます)と全体の約88%を占めています。経常経費(支出)では64,566,657円のうち受託事業は58,468,172円と全体の約90%を占めています。受託事業への依存体質とみられても仕方ないです。ただ、会計上は特に問題は見当たりませんでした。正味財産は18,722,817円で、過大請求分の返却は可能です。
受託事業では、講師を派遣していなかったことや中止になったことがありましたが、法人は「スキー場までの送迎に関することやスキー場整備などを行えば、実施したことになる」という誤った認識をしていたとのことです。もし、それが本当なら論外であり、あきれるしかありません。詐欺容疑で告発されても、やむを得ないです。
2月は学校での問題がまた起きてしまいました。
8日、米沢市立第一中学校に勤務する26歳の男性教諭が、不同意わいせつなどの疑いで逮捕されました。生徒のみなさんは大ショックだったことでしょう。特に担任だった学級の生徒さんの心情は想像もつきません。なぜ男性教諭がこのような違法行為を行ったのかも検証が必要です。市教育委員会が記者会見で説明した「市内すべての小中学校の校長に対し、服務規程順守の指導を徹底するよう通知した」という対策では根本的な解決にはなっていません。私の学校に対する疑問は深まるばかりです。
2月の私にとって最も大きかったのは、18日から19日の2日間、約5年ぶりに岩手県陸前高田市を訪れたことです。
陸前高田では、東日本大震災津波伝承館や津波復興祈念公園、陸前高田市立博物館などを見学。陸前高田3.11仮設住宅体験館では語り部の話を聴くことができました。夜は居酒屋さんのご主人からも避難所生活の話を聴くことができました。さらに、ジャズ喫茶では、マスターの人生観を聴きました。マスターのような生き方であれば、世の中から戦争は無くなるだろうと思いました。19日は市役所を訪れたほか、初めて入った気仙地区から一望しました。
陸前高田では、初めて見ること・聴くこと・知ることがたくさんありました。多くの学びがありました。それもこれも、陸前高田の人たちの温かさによるものと思います。また訪問したいと強く思いました。詳しくはこちらをご覧ください。
23日から25日の3連休は、かなり忙しかったです。
23日はおきたまGO!公開放送を見学、黒田三佳さん、加藤マチャアキさん、メロメの生放送を拝見しました。特にメロメの人たちと直に会うのは久しぶりで、放送前にリーダーのS君と話し込んでしまいました。翌日は加藤マチャアキさんのお店で中華そばをいただきました。
24日は星寛治氏を偲ぶ会に出席しました。有機農業の先駆者として、教育者として、さらに詩人として、多方面にわたって活躍され、大きな功績を残された星寛治さん。その偉大さをあらためて実感しました。残念なのは、会場に原村政樹監督の姿が無かったことでした。
25日は山形市で開かれた長編ドキュメンタリー映画“お蚕さま セヴェンヌ” -Madame soie Cevennes- 市民プロデューサーの集い & 完成を目指す集い(主催:映画「お蚕さま」製作委員会)に参加しました。映画のタイトルがフランス語の“マダム・ソワ・セヴェンヌ”に改められましたが、制作は順調に進んでいるそうです。セヴェンヌとは、フランスのセヴェンヌ地方であり、世界一美しい糸をつくり出すといわれる蚕のことでもあります。
山形県では最上地方でセヴェンヌでの養蚕が行われていますが、会では県外出身者が中心になっていることを知りました。映画は今年中には完成させたいとのことです。私も完成を楽しみに、新たに寄付を申し出ました。佐藤広一監督から感謝の言葉をいただきました。
音楽では、現在イギリスで最も注目されているバンド、ザ・ラスト・ディナー・パーティ(The Last Dinner Party)のファーストアルバム“Prelude to Ecstasy”が2月2日にリリースされ、UKアルバムチャートの2月9日付けで初登場第1位です。
日本時間で6日発表の第66回グラミー賞は、主要4部門で2つが予想的中でした。
結果はほぼ順当でした。Record Of The Yearは“Flowers - Miley Cyrus”、Album Of The Yearは“Midnights - Taylor Swift”、Song Of The Yearは“What Was I Made For? [From The Motion Picture "Barbie"] - Billie Eilish”、Best New Artist は Victoria Monét でした。シザは Progressive R&B Album など3部門で受賞しました。Best African Music Performance でタイラが受賞しました。オリヴィア・ロドリゴは受賞できませんでした。
7日から10日までテイラー・スウィフトの来日公演が行われました。45曲を約2時間20分にわたりパフォーマンスするという圧倒的なステージでした。この間は休憩なし、隙間なしのプロフェッショナルな圧巻のステージでした。アルバムごとにセッションが組まれ、自分の作品を大切にしていることがわかるセットリストでした。音楽ファンや音楽関係者からは高い評価でした。手抜きなしのプロフェッショナルのステージでした。実際には観ていませんが、私も称賛したいです。
来日公演が終わった10日の夜には飛行機に乗り込みました。トンボ返りです。現地時間の11日に開催の第58回スーパーボウルを観戦、カンザスシティ・チーフスが優勝すると、周囲の人たちと喜びを爆発させていました。その後は交際相手とされるカンザスシティ・チーフスのトラヴィス・ケルシー選手と抱き合ったり、キスしたりする様子も紹介されました。
そのスーパーボウルでは、リーバ・マッキンタイア、ポスト・マローンらが試合前のセレモニーで歌いました。ハーフタイムショーではアッシャー(Usher)をメインに、Alicia Keys、Jermaine Dupri、H.E.R.、will.i.am、Lil Jon、Ludacris が出演しました。素晴らしいパフォーマンスでした。
5日に亡くなったトビー・キースは、アメリカでは国民的人気のカントリー歌手でしたが、保守的でもあり、当時のデキシー・チックスと確執が生じるなどしました。2021年1月には当時のドナルド・トランプ大統領から国民芸術勲章(National Medal of Arts)を授与されましたが、あくまでの非公式なものです。Billboard 200 の2月17日付けでは2008年5月6日発表の4枚目のコンピレーションアルバム“35 Biggest Hits”が1位にランクされました。
クラシック音楽では、小澤征爾さんが2月6日に亡くなりました。88歳でした。
2月の主な来日アーティストです。来日公演ラッシュが続いています。
パット・メセニー(Pat Metheny)、ゴーゴー・ペンギン(GoGo Penguin)、ヨーロッパ(EUROPE)、ケミカル・ブラザーズ(The Chemical Brothers)、ポール・ウェラー(Paul Weller)、カタトニア(Katatonia)、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ(Queens of the Stone Age)、クイーン+アダム・ランバート(Queen + Adam Lambert)、マイケル・モンロー(Michael Monroe)、テイラー・スウィフト(Taylor Swift)、ミシェル・ンデゲオチェロ(Meshell Ndegeocello)、クーラ・シェイカー(Kula Shaker)、ブラン・ニュー・ヘヴィーズ(The Brand New Heavies)、スティーヴ・レイシー(Steve Lacy)、マディソン・マクファーリン(Madison McFerrin)、ボズ・スキャッグス(Boz Scaggs)、ジャック・ジョンソン(Jack Johnson)、ティーンエイジ・ファンクラブ(Teenage Fanclub)などです。
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